2023年に入って金属3Dプリンタ市場が盛り上がりを見せています。金属3Dプリンタは粉末状になった金属をレーザーやビームで固めて物体を造形するマシンで、主に航空機産業や自動車産業といった、工業製品の分野で普及が加速しています。

デスクトップメタル社の金属3Dプリンター

今回は、金属3Dプリンターを使って、18Kやシルバーといった貴金属でジュエリーを3Dプリントしようとする研究や動向について、ご紹介をさせていただければと存じます。

 

ロストワックスとは異なる全く新しい製造のアプローチ

ジュエリーはキャスト(鋳造)を用いて製造されるのが一般的です。ロストワックスと呼ばれる技法については以下のページで説明させていただいておりますのでご覧ください。

 

金属3Dプリンターで造形する場合、キャストの工程が不要となります。

  • 3Dプリンタでジュエリーをプリントする
  • 完成したジュエリーを電気炉で焼結する (場合によっては内部の気泡を抜く処理を追加するかもしれません。詳しい方がいたら教えてください)
  • 磨き・仕上げ

デスクトップメタルの3Dプリンターについて話を聞いたところ、10号くらいのリングの場合、1時間で約100 ~ 150本のリングが造形可能で、それを24時間で電気炉で焼結して仕上げるそうです。ツリーを立てる必要もなく、石膏型も不要となる、新しい製造工程となります。

 

 

ブルガリが行った研究結果

2016年にブルガリが金属3Dプリンタを用いたジュエリーの製造についての研究結果をレポートとして発表しています。

 

同社のチームは、貴金属と非貴金属のジュエリー・コレクションのパーツを、3Dプリンターで造形したワックス原型を直接鋳造で作ったものと、金属3Dプリンターで作ったものを比較しました。この研究で分析された主な側面は、密度と適合性です。結果として、貴金属AMには当初から欠点があり、ジュエリー製作には困難なものでした。さまざまな研究によって、適切なパラメーターの組み合わせで望ましい品質が得られるとしても、ブルガリのチームは、必要な品質の作品を作るために必要なプロセス時間が膨大になり、結果として商品の製造には向かいないと報告をしています。

 

 

で、今はどうなのか?

それから数年が経過し、金属3Dプリンターメーカーは性能の向上に投資を重ねた結果、貴金属で3Dプリントした造形物の表面品質は、粗さがはるかに少なくなり、仕上げが非常に簡単になりました。明らかに性能が向上し、貴金属での3Dプリンタが「実用性あり」と呼べるところまで来ています。

金属3Dプリンタで作られたオブジェ

 

フランスに拠点を構えるジュエリーメーカーのEAC INNOVATION & METAL社では直接金属で3Dプリントする試みをおこなっており、すでにサービスを提供し始めています。

 

 

3Dプリンターでなければできない何かが求められる

金属3Dプリンターの性能はこれからますます進化していくことでしょう。造形速度は上がり、精度も高くなっていきます。まだまだ高価なマシンですが、金属3Dプリンターの競争環境が激化すれば、自ずと価格も下がってくることが予想されます。

それよりもまず今は、3Dプリンターで造形する意味は何か。3Dプリンターをあえて使用する理由を生み出す必要が出てきているように思われます。

マリー・ボルテンシュテルンの「レゾナンス」コレクションのリングとブレスレットは、追加製造された18Kイエローゴールドのリンクを11列つなげたものです。自然の動物の鱗状構造からインスピレーションを受けたブレスレットは、手首に合わせて動きます(提供:Marie Boltenstern / Bolternstern GmbH)

 

3Dプリンターである必要性があるとするならば、以下の2点が考えられます。

  1. ダイレクト3Dプリントでなければ作ることができないデザイン
  2. カスタマイズされた商品を大量に製造する-マスカスタマイゼーションの実現

 

1 : ダイレクト3Dプリントでなければ作ることができないデザイン

鋳造では作ることができない構造のデザインは、金属3Dプリンタで作るしかありません。こうしたデザインは金属3Dプリンタを活用する理由となるでしょう。

 

2 : カスタマイズされた商品を大量に製造する-マスカスタマイゼーションの実現

EncodeRingのように、商品全てが形が変わる商品などの場合、製造工程の効率化という点で金属3Dプリンタは導入する理由となり得ます。従来のロストワックス法よりも早く、正確に大量製造できる場合はとても魅力的です。

 

この18Kゴールドの「Ojo」ペンダントは、複雑なジュエリーデザインのAMに関する研究プロジェクトの一環として、特に表面仕上げと研磨工程に着目して制作されました(提供:Frank Cooper, Birmingham School of Jewellery, UK / Cooksongold)

 

Cooksongold社は最近、オーストリアを拠点とするジュエリーデザイナー、Marie Boltenstern氏と提携し、貴金属AMを使用してコレクション全体を制作しています。高級宝飾品メーカーと新進デザイナーが貴金属3Dプリンターの採用に関して、それぞれの立場を生かしたコラボレーションを行った事例です。

こうした取り組みは世界中で行われており、今後も取り組まれていくことでしょう。

 

まだまだ発展途上の技術。しかし革新を進める意味はある

金属3Dプリンターは性能としては「いい感じのところまで来ている」というのが現状でしょうか。貴金属を用いて直接ジュエリーを製造するという新しいアプローチは、これまでの製造法を一新する可能性を秘めており、チャレンジする価値があると考えています。

こうした可能性を感じている世界中の同士が情報を交換し合い、新しい技術を用いた次のジュエリーの世界を創造していく活動が求められています。ENOCDE RING社もその一人として、新しいテクノロジーを積極的に取り込み、その結果を業界に還元してまいります。

こうした情報発信もそうですが、ジュエリーの業界においては、金属3Dプリンターをはじめとする、新しい技術の情報が少ないと感じています。世界中の動向をこうした形で定期的に公開することで、業界発展の一助となれれば幸いです。

 

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